2008-12-05 14:01:12
我が家の墓石紹介
我が家の墓は熊谷の熊谷寺(ゆうこくじ)にあります。熊谷寺といえば、平家物語で有名なあの熊谷次郎直実が出家して興した由緒あるお寺です。

我が瀬山家はどうやら、この辺りの下級武士だったらしく、江戸時代からの墓石が数多く残っています。祖父の代に東京に出てきて、祖父は銀座で割烹料理屋をやっていたのですが、その話は次の機会に譲りましょう。

ちなみに母方の祖母の家の方はかなり由緒正しき家で、姓は伊勢と言い、天皇家に代々仕えていたそうです。

それでは我が瀬山家の江戸時代の墓石を新しい順に紹介していきましょう。

まずは、天保九年(西暦1,838年)幕末です。

天保九年.jpg

この時の将軍はオットセイ将軍と呼ばれ、53人も子供を作った十一代将軍徳川家斉です。

続いて、文化二年(西暦1,805年)

文化二年.jpg

この時も徳川家斉です。

続いて、寛政十年(西暦1,789年)

寛政十年.jpg

この時も徳川家斉です。とにかく家斉は1,787年から1,837年まで50年も将軍をやっていた歴代将軍在位暦一番の人ですから、ずーと家斉時代が続きます。

宝暦(何年か分かりませんが宝暦は1,751年から1,764年です)

宝暦.jpg

この時の将軍は九代家重です。吉宗の息子ですが、一説によると病弱な上に頭が弱く、まともに話ができなかったと言われています。

さらに古くなって正徳(これも何年か分かりませんが正徳は1,711年から1,716年です)

正徳.jpg

この時の将軍は六代家宣。あの綱吉の後始末をしただけの人と言われています。

さらに、さらに古くなって元禄(1,688年から1,704年)

地蔵1.jpg

この時は犬公方と呼ばれた綱吉の時代です。でも、歴史家の間では綱吉は名君と言われていますので、世間のイメージとだいぶ差があるようです。行き過ぎた愛犬家です。

そして、最後は正保(1,644年から1,648年)

正徳2.jpg

なんと三代将軍家光の頃の墓石です。なんか、目が眩みそうなくらい古いです。

でも、兄の話によると、戦後、無縁仏が増えて適当に色々な墓にまとめたから、うちの墓石かどうかわからない、と言うことですが、一応瀬山家の墓にある墓石なので、先祖のものと信じて大事にしていこうと思っています。

時代劇の中の世界がこんな身近にあるなんて…という話でした。
| comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する |
< お誕生会 | main | 免許更新とそれに伴う悲しみの結末 >