2008-12-17 16:13:53
高円寺は高円寺があるから高円寺なのだ
高円寺について何か書け、と言われて考えてみたら、意外と地名の由来になっている高円寺のことをみんな知らないんじゃないかと思った。高円寺の古着屋めぐりをしている連中の何パーセントが、高円寺の場所を知っているか?行ったことがあるか?ないだろうな。

中央線の東京から八王子までの間に寺がつく駅が四つある。高円寺、吉祥寺、国分寺、西国分寺。

西国分寺は国分寺の西っていうだけのことだから除外すると三つだ。
そのうち、本当に寺があるのは高円寺だけだ。

国分寺は全国にあるが、国分寺駅の由来となった武蔵国分寺は跡地があるだけだ。

吉祥寺に吉祥寺という寺はない。
江戸時代に水道橋付近にあった吉祥寺の門前町の人たちが明暦の大火で家をを失い、万治2年(1659年)吉祥寺の浪士、佐藤定右衛門、宮崎甚右衛門が土着の百姓・松井十郎左衛門と協力して現在の武蔵野市一帯を開墾し吉祥寺門前の町の人たちを移住させた。

吉祥寺に愛着を持っていた門前町の人たちが、移り住んだ地を吉祥寺と名付け、五日市街道沿いに吉祥寺村ができたのだ。だから武蔵野市吉祥寺に吉祥寺という名の寺院はない。文京区の本駒込にあるのだ。

そして、高円寺には高円寺があるのだ。

宿鳳山高円寺(しゅくほうざんこうえんじ)は曹洞宗の寺だ。

南口高南通りを下りきった交差点、右角にローソンがある交差点を左に曲がり、ひたすらまっすぐ歩けば高円寺はある。

高円寺の由来として有名なのは…
将軍徳川家光が鷹狩りの折、雨宿りのために高円寺に立ち寄った時、住職が家光を将軍としてではなく一般の雨宿りの客として、さりげなくもてなした。家光はそのことに感じ入り、鷹狩りの度に高円寺に立ち寄るようになった。

そのことで高円寺は広く知られるようになった。家光は世話の礼に、宇治から茶の木を取り寄せ、自ら手植えをしたといわれている。この「お手植えの茶の木」は今も境内に見ることができ、またこのような徳川家ゆかりの寺であることから「三つ葉葵の紋」を所々で見ることができるのだ。

それまでは小沢村と呼ばれていたが、徳川家光が高円寺の名から高円寺村と名を改めたと言われていて、それが現在の「高円寺」という地名になっているのだ。

すごいだろう高円寺!


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