2009-01-25 20:29:35
ボクのアメリカ滞在記 vol.7
電話の向こうの山崎さんのお兄さんにボクは必死で自分が誰であるかを説明した。

山崎弘の弟子であること、そしてニューヨークに行ったら訪ねるといいと言われ、連絡先を聞いてきたこと、などなどである。

山崎さんのお兄さんはボクの話を丁寧に聞いたあと、電話の向こうでこう言った。

「じゃあ、これからうちに来なさい。住所は分かっているよね」

ボクはなんていい人なんだ!胸をなでおろして山崎さんのお兄さんの家に行った。

山崎さんのお兄さんはすごい人で、何がすごいかって、サンアドというサントリー系列の広告代理店でイラストレーターをしていて、その時の同僚(もちろん先輩に当たるが)が開高健と山口瞳だったという人なのだ。

それがすごいんじゃなくって、そんな地位にありながら、40歳を過ぎてからアーティストを目指して会社を辞め、奥さんと子供がいるのに、奨学金をもらってニューヨークにやってきて美術学校に通っているという、ここがすごい人なのだ。

普通の人にはできることじゃないよなー、と山崎さんから話を聞いたときから思っていた、だから、怖い人だったらどうしようと内心怯えながら、アパートのチャイムを押した。

現れたのは髭をたくわえた上品そうな中年の男だった。

「いつ、こっちに来たの?」

「はい、三日前です」

「で何してたの?」

ボクは今回の旅行が1ヶ月間であること、そして主な目的は色々なジャズクラブに行くことだが、夜怖くて出歩けないでいたこと、そして、どうしたら目当てのジャズクラブを見つけたら良いのか分からないこと、などなど、話をした。

山崎さんのお兄さんはボクの話をじっと聞いてくれた後、笑い出した。

「日本人はみんな、マンハッタンを恐ろしいところだと思いすぎだよ。セントラルパークの中ほどから上、つまりハーレムとイーストサイドとウエストサイドの危険なところさえ行かなければ、真夜中に歩いてたって、地下鉄に乗ったって大丈夫だよ」

その言葉を聞いて、ついにボクの本当のマンハッタン生活が始まったのだった。
| comments(0) | trackbacks(0) | この記事を編集する |
< 高円寺 さぬきや | main | きのうはミックスダウン作業してました。 >