2009-02-07 19:04:18
ボクのアメリカ滞在記 vol.7
ボクはドアを開けて出てきた黒人の女性に、自分が日本から来た日本人であること、ボビーの友人のミチコの日本の友人であること、そのミチコからボビーを紹介されたことを、つたない英語で告げた。

彼女は自分はボビーの妻であり、ボビーは今出かけているが、すぐに帰ってくるので中に入って待つようにと言った。

これから先も何度も同じようなことがあって驚かされるのだが、僕が訪ねた黒人たちは見も知らぬ日本人のボクをあっけないほど簡単に受け入れてくれるのだった。

これが逆の立場だったらどうなるだろう?と考えてみた。いきなり自分の家に友達の友達だと称する外国人が現れたら、ほとんどの日本人は警戒するだろう。ボクもきっとそうなるだろう。

ところが、ボクが出会った黒人たちは、良く言えばいい人たちばっかり、悪く言えば無警戒で、何か、マンハッタンは大きな下町なんじゃないかと思えたりした。

その頃のボクの英語力というのは、それは一人でアメリカに行くにはひどすぎるもので、喋れるとはお世辞にも言えないレベルだった。ほんとに片言、ブロークンだった。

しばらくすると、ボビーが帰ってきた。ボクはつたない英語で自己紹介をした。ボビーは自分は画家であると言って、自分が描いた絵を見せてくれた。

それは、鎧兜をつけた侍の水彩画だったが、日本なら素人でももっと上手い人が一杯いるだろうと思えるくらいの絵だった。

ボクが一番困ったのはボビーの英語だった。奥さんの英語は多分ボクにも分かるように簡単な言い回しをしてくれていたので何とか分かったが、ボビーの英語はさっぱり分からなかった。

たぶん、スラングだったんだと思う。それに、ボビーはボクとあっている間中、まるで煙草のようにマリファナを吸って飛んでいるのだった。

そんな相手との会話は困難を極め、ボクはカバンからコンサイスの英和と和英が一冊になった辞書を取り出し、引いては指で指し示した。すると、ボビーも同じことをし始めた。

ボクたちはイーストサイドの片隅のボロアパートの一室で、一冊の辞書を前に不思議なコミュニケーションをとりながら、不思議な時間を過ごしたのだった。
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